最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)879号 判決
上告人(原告) 沢田操
被上告人(被告) 青森県選挙管理委員会
一、主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
二、理 由
上告代理人弁護士名川保男、同岩村辰次郎の上告理由は別紙記載のとおりである。
上告理由第一点及第三点について。
論旨は公職選挙法四八条、同法施行令三六条、同法六条を引用して、投票の効力に関する同法施行前の最高裁判所の判例は変更されるべきものであるにかかわらず、原判決が従前の判例に従つて本件選挙の投票の効力を判断したのは法令の解釈を誤つた違法があるというのである。
所論同法四八条は自ら候補者の氏名を記載することのできない選挙人のために代理によつて投票することができることを定めているけれども、公職選挙法においても投票は選挙人自ら記載することを原則としているのであつて、(同法四六条参照)かかる代理投票がゆるされるに至つたからと言つて、自ら記載した投票の効力について所論のように厳格に決定すべき趣旨と解することはできない。次に同法施行令三六条の汚損投票用紙引換に関する規定については、同法施行前の衆議院議員選挙法施行令一七条(地方自治法施行令五一条によつて地方公共団体の選挙にも準用されていた)にも同趣旨の規定があり、右三六条は従前の判例を変更すべき根拠にはならない。又同法六条は選挙管理委員会の職務執行に関する規定であつて、選挙管理委員会が同条の趣旨に従つて投票の方法等について選挙人に周知せしめたからと言つて、投票の効力に関する同法施行前の判例を変更しなければならない理由はない。
論旨はまた同法六七条後段を引用して候補者の氏のみを記載した投票は無効であると主張し、或は氏名以外の記載(同法六八条一項五号但書を除く)のある投票は無意識的な記載であるとないとを問はず他事を記載したものとしてこれを無効とすべしと主張するのであるが、右六七条後段は公職選挙法にあらたに加えられた条文ではあるけれども、その趣旨は所論のように投票の効力について従前の判例よりも一層厳格に解すべきものとする趣旨ではなく、かえつて選挙人の意思が投票の記載で判断し得る以上は一層なるべくこれを有効とすべきものとする趣旨と解するを相当とする、論旨はすべて理由がない。
以上説明のほか論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものとは認められない。
よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い裁判官全員の一致した意見により主文のとおり判決する。
(裁判官 霜山精一 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)
上告代理人弁護士名川保男、同岩村辰次郎の上告理由
第一点 原判決には公職選挙法第四十六条の解釈適用を誤つた違法がある。
原審は、上告人(原告)の昭和二十六年四月三十日に執行された、青森県議会議員一般選挙の立候補者四戸徳蔵の決定得票四六〇九票中甲第一乃至第六十八号合計六十八票は無効であるとの主張に対し、甲第三十二号及び同第五十乃至第五十三号の合計五票について、上告人(原告)の主張を認めたのみでその余の六十三票については、上告人の主張を排斥して全部有効である旨判定したものであり、その判定の失当なことは後に詳論するとおりであるが、それに先だつて原判決を大観するのに、原審は、候補者の氏又は名のみを記載した投票でも有効であるとの見解を採り、且つ他事記載と認められるもの又は全く文字の不明或は相違により、四戸候補者に対する投票と認められないもの迄も、みだりに推測をほしいままにして、これを有効投票と認定した違法が認められる。
察するにこれは、原審が公職選挙法施行前における旧各選挙法規の解釈に関する最高裁判所の判例により現行公職選挙法の規定を解釈したからの過誤であると考えられる。
公職選挙法施行前の衆議院議員選挙法を始め各種の選挙法規には「選挙人は投票所において、投票用紙に自ら議員候補者一人の氏名を記載して投函すべし」と明規されていたところ旧大審院は右法文の解釈に関し、姓のみを記載した投票であつてもどの候補者のために投票したものであるかを確認することができる限りその投票は有効と認めるべきであると判示され、その後最高裁判所も亦右判例を踏襲されたうえ「投票は何人かを選挙しようとする選挙人の意思を表現しようとする手段であるからたとえ投票に記載された文字に誤字、脱字があり又は明確を欠ぐ点があつても、その記された文字の全体的考察によつて当該選挙人の意思がいかなる候補者に投票したかを判断し得る以上これを有効として、選挙人の投票意思を尊重することが、すべての選挙を基調とする代表制民主々義政治の根本的理念に合致するものであるというべきである(昭和二四(オ)年第二七号同二五年七月六日第一小法廷判決。)等々その理由を更に拡充判示されたが、まことに、選挙人の投票意思を尊重すべきことは右判例のみならず、その他同旨の多数判例に示された通りである。
しかしながら、選挙権は決して選挙人自身にとつて、貴重であるばかりではなく、選挙権の行使の適否は直に国政の善悪、国民の福祉の消長に影響するところが極めて甚大であるから、投票の方法並びに投票の効力を決定するについては最も厳格公明を期さなければならないにもかかわらず、若し右判例のように解釈すれば選挙人の投票記載が粗雑となつて、その効力の決定が困難な投票が多くなり、而も投票の効力を決定する者は選挙人の投票意思を尊重して投票を有効とすることに熱中するの余り、記載の不明なもの迄も強いて有効とするがために投票人の意思と遊離する結果を生じ選挙の厳正公明を妨げ一票を生かすことに無理をしたために、却つて万票を殺し所謂角をたてて牛を殺すような大きな禍を招来する懸念なきを得ない。
勿論判例の真意は決して投票の記載を無視又は軽視してもよいという趣旨ではなく「投票の記載によつて投票者の意思が確認できれば……」という趣旨であるには違いないけれども、右判例に投票は投票者の意思を表現する手段に過ぎないから、投票用紙の記載方法は、どの候補を選挙しようとするかを認め得る程度のものでよく敢て氏名を併記する必要はないとの趣旨が極度に強調されているのは、とりもなおさず選挙人に対し選挙法の「氏名を記載すべし」という規定をその通りに守る必要はない旨示唆するものであるから、法律の明文を蔑視せしめて遵法精神を傷つけると共に、選挙権の行使を軽視させたために投票の記載の仕方が粗略乱雑に流れて不明瞭な投票が多くなり、開票管理人や開票立会人及び選挙管理委員会や裁判所をして投票の効力の判定に困惑せしめる結果、投票の記載を無視して専ら自己の主観による恣意檀断をもつて、その効力を決定せしめ疑わしいものは有効とするのが選挙法規の要求する投票確認の原則であるかのような錯覚迄も抱かせるに至り(最高裁判所民事判例集第二巻第十二号五四一頁所載福岡高等裁判所の判決はその証左の一つ)選挙の厳正公明を阻害して当選の効力に関する紛争を激増せしめた感がある。ところが前叙の旧各選挙法規は皆廃止され昭和二十五年五月一日から施行された公職選挙法一本に纏められたが、その第一条に本法は日本国憲法の精神に則り各種の選挙制度を確立しその選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて、公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全なる発達を期するを目的とする、と明記されているから果してどのように規定すれば、右立法の目的を完遂し得るかについて立法者は必らずや各種旧選挙法、その他を調査するの外勿論前掲最高裁判所の判例も亦慎重に検討審議されたに違いないと信ぜられるし、而も法は国氏の日常生活を軌範するものであると同時、その国民生活や判例は法を作つて行くものであるから、若し右判例の見解が同法制定の目的とする各種の選挙の自由と公明適正に行われることを確保し、民主政治の発達を期するに都合のよいものであれば同法中に選挙人は必ずしも、投票用紙に候補者の氏名を併記するに及ばない旨、右判例に照応する明文を設けなければならないわけであるけれども、何等そのような規定をしないで第四十六条に寧ろ旧選挙法規の明文よりも詳細、且つ厳重に「選挙人は投票所において投票用紙に自ら当該選挙の公職の候補者一人の氏名を記載して、これを投票箱に入れなければならない」と明規したところから見れば立法者が判例は右立法の目的にそわないものとしてこれを嫌忌したことが窺知される。
加之、同法が旧選挙法規には存在しなかつた文盲者の代筆投票制をその第四十八条に、又誤つて投票用紙を汚損した場合における投票用紙の引換制を同法施行令第三十六条にそれぞれ規定したうえ、同法第六条に「全国選挙管理委員会、都道府県管理委員会及び市町村管理委員会は、投票の方法、選挙違反その他選挙に関し特に必要な事項を常に選挙人に周知せしめるとともに、棄権防止につき適切な措置を講じなければならない。」と規定し、且つ同第六十七条には「投票の効力は、開票立会人の意見を聴き、開票管理者が決定しなければならない。その決定に当つては第六十八条(無効投票)の規定に反しない限りにおいて、その投票した選挙人の意思が明白であればその投票を有効とするようにしなければならない。」と規定したところによると、公職選挙法は旧選挙法と違い無筆者のために投票を代筆してやつて、無筆者にも投票の機会を与えると同時に、不明瞭で判読もできないような投票のないように又文字の書き違え、その他により投票用紙を汚損した場合には取換えてやつて有意の記載かどうかの判断の困難な、文字の訂正抹消等の如き他事記載をせしめないように、周到な配慮を払い以て投票用紙面に選挙人の意思が明確に表現されることを期したのであるが、然し仮令投票者の意思が明らかであつても、第六十八条の無効投票の規定に該当してはならないという厳重な枠をはめて、投票用紙の記載は候補者の氏又は名だけでは足らないと共に、有意無意を問わず候補者の氏名とその職業、身分、住所、敬称の類以外の他事を記載してはならないという厳格な要式主義を採用し、公職選挙法には前掲の判例の如き解釈を容れる余地を与えない意図を表明したものと解すべきである。
そして右の如く解釈しても何等投票人の意思を蹂躙するものといえないことは、国民は選挙権の重要性を自覚すべきであるし、果してその自覚があつて、選挙権の行使について真面目であれば仮令公職選挙法の条文を読まなくとも前叙のとおり、各選挙管理委員会が同法施行令第六条の命ずるところにより投票の方法等を選挙人に周知せしめるよう、常に適切な措置を講じておるのであるから、投票するには投票用紙に必らず候補者の氏名を併記しなければならないことや、若し無筆ならば代筆して貰えること、書き損じ等で投票用紙を汚損したら引換えて貰えること等は承知しておる筈であるし、又勿論自分が選挙しようと思う候補者の氏名を知らない筈はないのに読めもしないような、若し読めても誰を選挙したのか判らぬような記載をしたり、或は単に候補者の氏名又は名のみを書き又は他事を記載したもの等は何れも真面目に投票したものとは認められないからである。
然るに原審は本論旨の冐頭に掲記した六十三票中、甲第一乃至三号、同第五乃至第十二号、同第十四号、同第十五号、同第十八号、同第十九号、同第二十一号、同第二十二号、同第二十三号、同第二十五号、同第二十八号乃至第三十号、同第三十三号乃至第三十七号、同第三十九号、同第四十一号、同第四十二号、同第四十五号、同第四十六号、同第四十八号、同第四十九号、同第五十六乃至第六十三号、同第六十六号、合計四十三票の中甲第二号、同第三号、同五乃至同第七号、同第十八号、同第十九号、同第二十一号、同第二十三号、同第二十九号、同第四十五号、合計十一票は候補者四戸徳蔵の名のみを、その余の合計三十二票は同候補者の氏のみを記載したものであることを前提として、これを有効と認定したものであることが原判決の理由説示によつて明らかであるから、仮に右各票の記載を原審判示のとおりそれぞれ四戸候補の氏又は名の記載と認め得るとしても、その記載は何れも公職選挙法第四十六条に反し、右四十三票は全部無効であるから、これを四戸徳蔵の得票四千六百四票から差引くと同人の得票は上告人の得票四千五百九十二票に対し四千五百六十一票となるので四戸徳蔵の当選はこれを無効としなければならないにも拘らず、同人の当選決定に異動を生じないものとし原告(上告人)の請求を棄却したのは公職選挙法第四十六条の誤解に基くものであるから、後記論旨を俟つまでもなく原判決は破毀さるべきものと信ずる。
第二点 原判決には公職選挙法第六十八条の違反及び理由不備の違法がある。
一、原判決は理由第一項の(二)(1)において甲第四、九、十三、十六、十七、二十、二十四、二十六、二十八、三十、三十一、四十七、四十八、五十四、六十六の各投票は、甲第六十三号の投票と共にいずれもその態様からみて誤字又は書損じた文字を抹消したに止まり、意識的な他事記載とは認められないから右はすべて四戸徳蔵の有効得票と認めるべきである。と判示している。
ところが日本国憲法第十五条は、公務員を選挙することは国民固有の権利であり、すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならないと規定し公職選挙法第一条は、この法律は日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員、地方公共団体の議会の議員及び長、並びに教育委員の委員を公選する選挙制度を確立し、選挙がその選挙人の自由に表明せる意思によつて、公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期することを目的とする。と規定しており、選挙を公明且つ適正に行うためには、選挙の秘密を保持することが最も重要であるのに若し投票用紙に候補者の氏名の外他事の記載を許せば、選挙の秘密保持が不可能であるから、同法第六十八条第一号及び同項第五号に公職の候補者の氏名の外他事を記載したものは無効とする旨の規定している。
而して従来の判例は、仮令投票用紙に候補者の氏名以外の他事記載があつても、若しその記載が有意のものでなければ差支えないとの見解を採られて居り、これは無意の記載は何等選挙の秘密を侵す等の弊害がないとの思想に基くものであり、もとより無意の記載はその通りであるけれども、有意の記載と認められないように巧妙に無意を偽装するのが常であるから、有意無意の判別は困難というよりも殆ど不可能である、それ故公職選挙法は有意たると無意たるとを問わず職業、身分、住所又は敬称の類を除く他事の記載は一切これを許さないという建前であることは、同法第六十八条は候補者の氏名の外その職業、身分、住所又は敬称の類を除く他事を記載した投票は無効とするとのみ規定して居り、且つ同法施行令第三十六条に選挙人は誤つて投票用紙を汚損した場合においては投票管理者に対しその引換を請求することができると規定し、なお同法第六十七条がその後段に投票の効力を決定するに当つては、第六十八条(無効投票)の規定に反しない限りにおいてその投票した選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効としなければならない」と規定したことにより明らかである。蓋し右施行令第三十六条は選挙法には存在しなかつた規定であり、そして同条の投票用紙を汚損した場合という中には過つて投票用紙を破つたり汚したりして、候補者の氏名を記載する余地がなくなつた場合はいうまでもなく、その他過つて候補者の氏名の全部又は一部を書き間違えて加除訂正を要するとか、或は墨汁やインクの滴を落して投票用紙にしみをつけたというような場合をも含むものと解釈しなければならない。なぜならば若しそれをそのまま投票すれば全く悪意なき誤字の抹消であり過失の落滴であるにも拘らず、他事記載と認められ折角の貴重な一票を無効とされる危険があり、これは同条を設けた理由の一つと認められるからである。次に公職選挙法第六十七条後段の右規定も亦新設のものでその趣旨は、投票の効力を決定するに当つては、投票人の意思が明白であればその投票は有効としなければならないが、若し第六十八条第五号に該当する他事記載があればこれを有効としてはならないというのであつて、他事記載の有意と無意とを何等区別していないからである。それ故原審が右甲第四号証以下合計十六票に他事記載があると認めた以上は、仮に百歩を譲りその記載が判示の如く意識的なものではないとしても、これは明らかに公職選挙法第六十八条第一項第五号所定の無効投票に該当するから全部無効とすべき投票であるにも拘らず、原審がこれを有効である旨判示したのは、理由第一に述べたと同様前叙の如き特別の規定のなかつた旧選挙法の解釈に関する見解に従つて、公職選挙法第六十八条第一項本文及びその第五号を解釈したもので甚だ当を得ないものと考える。
二、仮に千歩を譲り然らずとするも、
(1) 甲第四号投票の筆跡は極めてしつかりしており、この投票人は決して「蔵」の字を間違えるような人とは認め難いのみならず、何等間違つてもいないにも拘らず「蔵」の字を書きかけて途中でやめて抹消し、更にその横に記載したのは決して無意ではなく有意の他事記載と認められ従つて、右投票は無効であるのに原審がこれを四戸徳蔵の有効得票と認定したのは違法である。
(2) 甲第九号投票の記載中、文字は中央の一字のみであつて、その上と下の記載は誰が見てもこれを文字と認めることは絶対不可能であり、従つてこの投票人の意思は全く不明であるにも拘らず、原審がこれを誤字又は書損じた文字を抹消したに止まり、意識的な他事記載とは認められないから、四戸徳蔵の有効投票と認めるべきであると判示したのは畢竟公職選挙法はなるべく投票を有効にする意図ではあるけれども、それは投票の面に選挙人の意思が明白であつて而も第六十八条所定の無効投票に該当しないものに限ることは、同法第六十七条が明定しておるし又第六十八条の第一項第七号には、公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いものは無効とする旨を規定しているにも拘らずこれを無視又は誤解し、且つ社会通念に反して文字でもない上と下の記載を文字と読んだか或は只中央「の」という一字のみによつて、右判示のように認定したものと認められる。若し又最高裁判所の判例に従つたものとすれば判例は皆投票は投票人の意思を尊重してなるべく有効とすべきである旨判示してはいるけれども、決して右投票の如き全く意味不明のもの、又は曖昧なものまでも有効とすべきであるとはいつておらず、投票が有効であるがためには候補者の何人を記載したかを確認し得るものでなければならないとあるのを看過したものと思われる。何れにしても右原審の判定は公職選挙法第六十七条及び第六十八条の違反たるを免れない。
(3) 甲第十三号投票は「四戸徳三」と書こうとして、無意識に文字を書き間違えたから抹消したものでもなく、又他の候補者の氏名を記載しようとしてやめたものでもないことは、その抹消された文字によつて明らかである。従つてこれは決して原審判示のように誤字又は書損じた文字を抹消したものではなく、意識的の他事記載を恰も書損じを抹消したかのように偽装したと認める方が社会通念に合し、且つ選挙の公明適正を目的とする公職選挙法の根本理念に副うものである。要するにこの投票についても亦、原審は公職選挙法第六十八条第一項と同第五号の解釈を誤つたものである。
(4) 甲第十七号の投票は「しのへとく」まで書いてからその下に「○」を書いて抹消した後「ぞう」と二字を記載したことが認められ「○」を書いて消したのを書損又は誤字を抹消したものと認めることは不合理である。従つて本票も亦、有意の他事記載のあるもので無効であるから四戸徳蔵の得票としてはならないのに、原審がこれを有効と認めたは甲第十三号の場合同様に違法である。以下氏名の記載以外の他事記載の主張については、昭和二五年三月二八日名古屋高裁判決参照。
(5) 甲第二十号、この投票の記事中「四」という字は幼稚園の子供でもめつたに間違える文字ではない。況んや全文字の筆跡を見ると相当達筆であるから「四」という字を誤記するような投票人とは思われないからこれも亦、無意による誤字の抹消を装う意識的他事記載を認めるべきであるのに、この投票を有効と認定した原判決には此処にも甲第十三号におけると同じ違法がある。
(6) 甲第二十四号投票、この投票人はその筆致によつて、相当教養のある人のように推認され従つて四戸候補の名を忘れたり間違えたりするような人とは考えられない。加之「四戸」という二字は非常に美事な達筆で一気に続けて書いたことが極めて明らかであるが「徳蔵」の二字も亦その筆勢を駆つて「四戸」の二字の真下よりも左側に寄せて書き終つた後、その右側に特に何か記入したうえ抹消したものであることが上部の「四戸」の二字と、その下の四字の各位置とを睨合せると明らかである。従つて二字の抹消を誤字や書損じと認めることは出来ず、意識的の他事記載と認定されるから原判決が本投票を有効と判定したのも亦甲、第十三号の投票の場合同様違法である。
(7) 甲第二十六号、この投票は四戸徳蔵と書く意思で記載したものであることは明らかに認め得る。ところが「蔵」の字の積りで記載したのが「蔵」の字になつていないのに気付いてそれを抹消したかのように見えるけれども、その新に書いたのも亦「蔵」の字になつていないが、一体「蔵」という字は劃の多い、むつかしい漢字であるけれども人の名に非常に多く使用されている文字であるから、凡そ小学校を卒業した位の学力のある者でこの字が書けない者は極めて稀であるし、特に上の「四戸徳」という三字の書き振りから見るとどうも「蔵」の字を知らないために斯様な変な当字を書いたものと思われないから、これは誰かと意思を通ずるために特に斯様な記載をしたものと見た方が妥当と考えられる。従つてここにも亦原判決に甲第十三号投票におけると同様の違法が認められる。
(8) 甲第二十八号、この投票の「シノヘ」の下の記載が決して誤字や書き損じた文字を抹消したものとは認められず、意識的の他事記載であることが明らかである。従つて、これについても原判決の認定には甲第十三号投票と同じ違法である。
(9) 甲第十六及び第三十号中、甲第十六号票の「四戸トクゾウ」とある「ト」の字の左側の鉛筆書及び甲第三十号票の「シノヘ」とある「シ」の字の左側に鉛筆で書いた楕円形の黒点は何れも、有意の他事記載であることがはつきり、認められるから、右二票を有効とした原判決には前記甲第二十八号投票におけると同じ違法がある。
(10) 甲第三十一号、この投票には「四戸徳蔵」という候補者の氏名が投票用紙の中央適切な位置に記載されており「四戸」の左側に何かの文字を書いた後、抹消したかに見られる様に念入りに鉛筆が塗つてあるけれども、その位置を右のとおり適正の位置に記入された四戸徹蔵という文字の位置と照合して勘案すれば、右鉛筆が塗りつけてあるのは決して誤字や書損した文字を抹消したものではなく、候補者の氏名を記載した後、誤字を抹消したかの如く見せかけた他事記載と判断するのが最も合理的であるから、この一票の効力判定についても亦、前記甲第十三号同様の違法がある。
(11) 甲第四十七号、この票の「ノ」と「ヘ」との間にある記載も亦有意の他事記載と認めるのが合理的であり、従つて本投票を有効と認めた原判決は公職選挙法第六十八条第一項第五号に違反するものである。
(12) 甲第四十八号、同第五十四号の二票は、一見誤字又は書換文字を抹消したもののように思われないこともないけれども、有意の記載を有意らしく記載する者はなく、意識しながら無意の如くごまかすのが有意記載の本領であるから、無意の記載であることを確認すべき特別の資料があれば格別、それは何もないから無意の記載と確認はできない。斯かる疑わしい票はこれを無効とすることが選挙の公明適正を維持する所以と思われるから、この二票の効力判定についても亦、原判決には前叙各票同様の違法がある。
(註)前掲甲第(2)九号及び後記(13)同第六六号(16)同第一一号(22)同第五五号(24)同第一、二二号(27)同一〇号(28)同四二号(29)同第三六、五七号(30)同第一五、三五、四一、六号同(34)第二五、五六、五八、五九、六〇、六二号(35)同第三三、六一号に最高裁判所民事判例集第三巻第十二号五五頁昭和二四年(オ)第三二号同二四年一二月二四日第二小法廷判決理第三、第四、を援用する。
(13) 甲第六十六号、原判決は本投票も亦これを有効とし、その理由を誤字又は書損じた文字を抹消したに止まり、意識的な他事記載とは認められないから、と説示しているけれども、中央の文字を抹消したかのような記載は、前記甲第四十八及び同第五十四号と同様の理由により右は有意の他事記載と認めるべきものである。仮に百歩を譲つて然らずとするも、右の記載は抹消され、而も果して何という文字を抹消したかさえも判らないから、投票人の意思認定の資料とすることは全く不可能である。その抹消された文字を狭む上と下の二字をその資料とするより外に方法はないことが明らかである。ところが上の一字はその形及び書方筆勢により片仮名の「ツ」であり、下の一字は平仮名の「ヘ」であることは何等異議の余地がないから、如何なる考察をめぐらしても、右「ツヘ」の二文字により、この投票者の意思が四戸徳蔵を選挙したものであると確認し難いことは一点の疑がない。従つてこの一票は、公職選挙法第六十八条第一項第七号に該当するもので無効であることが明白なるにも拘らず、原審がこれを有効と認定したのは右法条の違反たるを免れぬものである。
(14) 甲第六十三号の投票も亦、原判決は誤字又は書損じた文字を抹消したに止まり意識的な他事記載と認められないとの理由で有効としている。しかしながら抹消した文字は尚その全容がはつきり判るので、この二字に関する限り何等の誤記も書損じも認められないから、原判決の右理由説示には齟齬がある。そして本票の投票人は候補者四戸徳蔵の氏を投票用紙に二つならべて記載しているが、その左側に書いた「四戸」という二字には前叙の通り一点一劃の誤りも書損じもないからこれを抹消する必要がないにも拘らず、敢てこれを抹消しその右側に更に「四戸」と記載したことが明らかであり、従つて意識的の他事記載であることが明瞭であるから、これに反する原審の右認定は甚だ不合理であつて到底首肯し能わざるものである。依つてここにも亦甲第十三号票同様の違反がある。
(15) なお原判決は甲第八号の投票について「四尺シノヘ」とあるが「四尺」はその字形から推して「四戸」の誤記と認められ、結局四戸徳蔵の氏を二重に書いたに止まると判示して同票を有効としているけれども、若し右原審の判示の通り候補者の氏名を二重に記載してもよいものとすれば、投票人がその意思を候補者等に通じようとする場合には、候補者の氏名を二重でも三重にでも記載すればその目的を、ほしいままに達することが出来ることとなり投票の秘密は保たれず、選挙の公正を阻害する結果を招来するであろう。それ故公職選挙法第六十八条第一項第五号に公職の候補者の氏名以外他事を記載したものは無効とするとある、候補者の氏名というのは、投票に必要な候補者の氏名即ち、候補の氏名を一つ書くことを意味するもので、若しこれを二重にも三重にも記載した場合には、第二第三の不用な氏名の記載は、他事記載と解釈しなければ、同条制定の目的は完遂されないと思う。そして斯様に氏名は一つ書けばよいのは常識上明らかなるにも拘らず、これを二重に書いた場合その一つは意識的の他事記載と認むべきであるから、右原審の判示は、これ又右第六十八条第一項第五号の解釈を誤つたものといわねばならない。
(16) 甲第十一号は「シノヘ」と読み得られ、ただ「ヘ」が稍明瞭を欠くに過ぎないというけれども、原審判示の通り読み得るのは上の「シノ」という二字だけであつて、その下の記載は全く文字の態をなしていないから、これを文字と認めることは不可能であり、従つてこの票は候補者の何人を記載したのであるか確認し得ない。加之型紙を使用したものなのに原審がこれを前叙の理由を以て有効と認めたのは、前記と同様違法である。或は型紙を使用すればもつとうまく書ける筈だとの意見があるかも知れないけれども、そこが型紙使用のむずかしいところである。
(17) 甲第十二号「四戸」の横に記載した蛇が鎌首をあげたような形の鉛筆書の線は、その態様並びに位置から勘案すれば決して不用意にできた汚損じではなく、有意の他事記載であることが明白なるにも拘らず、原審がその反対に認定して有効投票と判定したのは違法である。
(18) 甲第十四号及び第三十九号には何れも「四」の下に「尺」と書いてあるが、これは「尺」でなく「戸」でもなくこれを文字と認めることはできない。若しこれが実在する文字ならば、両人が同じ文字を間違えたものと認められるも毫も不思議を感じないけれども、右のような記載を偶然の一致と見ることは無理でもあり、それに、右二票の記載の筆致形態は酷似しているから、この二票は同一人の二重投票であると思われる。そして若し果してそうだとすれば「尺」の下右側の「ノ」も有意の記載と認むべきであるから、二票共無効である。仮に各別人の投票であるとしても各その筆致によつて勘案すれば。両人共「戸」を「尺」と誤記するような文字を知らない人とは認められないから、何れも意識的に誤字を装うて他事を記載したものと認められる、二票共に無効である。然るに原審が慢然と「四戸」の誤記と認め有効票と認定したのも亦違法である。
(19) 甲第三十七号の「戸」の右側の「ソノ」はその形状位置等を綜合して観察すれば到底原判決のいうように「四」の不完全を補うために「片仮名」で「シ」と附加したものとは認められず、有意の他事記載であるのにこの票を有効とした原判決は違法である。
(20) 甲第三十八号もその形状位置等から見て、意識的他事記載と認められるから、これに反する認定をして有効投票と判断したのは違法である。
(21) 甲第四十四号及び同第六十五号はその氏名、又は名の横に振り仮名を附けたものであることは、正しく原審認定の通りである、しかしながら、若し書いた投票人の文字が拙なために読みにくいとか、或は四戸徳蔵という氏名が特異の氏名で、その読み方が容易に判らないならば格別、決してそんなことはないから振片名を附ける必要はない。その不要な振片名を附したのは何か意識的の理由があつたものと認めてしかるべきである。然るに若し原審の如く不必要でも振仮名ならば附けても差支えないとの判例でも確立すれば、常に振片名を悪用して不正が行われるようになる虞れがある。抑も、氏名以外に投票用紙に記載を許されるのは、職業、身分、住所、敬称の類であつて振仮名はその中に含まれていないから、右二票の振仮名は何れも有意の他事記載と認定し無効投票とすべきであるから、これに反した原判決の認定は違法である。
第四十九号の「戸」の下の斜線は、その態様、筆勢、長さ、位置等により、これを不用意に記入されたものと認定することはできないし、又「四戸」の右側の「トク」の二字も亦前記甲第四十四号、同第六十五号の振仮名と同理の理由により、右は何れも意識的他事記載と認められるから、これ又無効であり、原判決の認定は失当たるを免がれない。
(22) 甲第五十五号の「四ノトクビ」という記載により投票者が四戸徳蔵を選挙する意思であつたと認めることは勿論出来ないし、果して候補者の何人を記載したかを確認し難い。然るに原審はこれを有効投票としたのは違法である。
(23) 甲第六十四号の「四戸トクゾウ」の「ゾウ」の右横の縦線はその態様一般の習慣等から、原判決認定のように認むべきでなく有意の他事記載であり、従つてこれに反する原判決の認定は違法といわねばならない。
(24) 甲第一号、同第二十二号には「四戸」とあるが、この記載によつて候補者の何人に投票したものだか、到底確認することは至難、加之型紙使用のものである。従つてこれを四戸徳蔵に対する有効投票であると認めることができないのは勿論である。
(25) 甲第三号の投票は「リク」と記載されており、下の字が片仮名の「ク」であることは明らかであるが、その上の記載は文字の形をなしていないので、これと下の「ク」を組合せてみた処で何の意味もなく、従つてこれでは投票人の意思が果して何人を選挙する意思であつたのか、全くこれを知ることができないから、もとよりこれを四戸徳蔵の有効得票とは認められない。原審は「 図三 」は「ト」の誤記であると判示しているが、百歩を譲りそうであると仮定しても、原審がこれを四戸候補の有効と認めたのは、次に述べる理由により不法である。
(26) 甲第二、三、五、六、七、十八、十九、二十一、二十三、四十五の各号には「トク」とあるのみ(但し甲第三号は前述の通り仮定)で原審は他に「トク」を含む氏名の候補者のいないところから見て、四戸徳蔵を指すものと認め得られると判示している。なる程他に「トク」を含む氏名の候補者はない。しかしながら、原審は右「トク」は四戸候補者の名の頭字の徳に該当するものと認めての見解であると考えられるが乍然、他に「トク」の字を含む氏名の候補者がいないので、或は四戸候補を指したものではあるまいかとの、疑問は起きるけれども、公職選挙法の要請しているところは、そんなあやふや程度ではなく確認であるから、この合計十票を有効と認定した原判決は違法である。
これは最高裁判所昭和二四年(オ)第三二号同年十二月二十四日第二小法廷言渡の判例に「氏名の頭文字が固有の呼名として特定性があるとしても、候補者氏名の頭文字の記載だけでは該候補を選んだ趣旨が表明されたものとは認められない」とあるによつて明らかである。
(27) 甲第十号に「シーフ」とあるのを原審は「フ」は「ヘ」の誤記とし且つ「ー」を「ノ」と読み、これは四戸候補を指したものとしているけれども、それには甚だ無理が認められるから、右記載によつては何人を指したものか確認し難いものとすべきであり、特に右記載は型紙使用の跡が右記載の形態等に歴然としているから、これを無効投票としなかつた原判決は違法である。
(28) 甲第四十二号、原審はこの投票記載の三字の中上の字を「シ」と読んでいる。しかしながら、それは甚だしい誤読である。なぜなれば、これは、その形態点や棒の位置、筆勢等から判断して「ツ」である。なお「フ」を「ヘ」の誤字と見るのは妥当でない。そして候補中に「ツ」の字が頭につく月館金一郎があるから、結局右記載を以てしては、――且つ型紙使用である、果して誰を指したのか確認し得ないから、この票を有効とした原審の認定は不当である。
(29) 甲第五十七号及び同第三十八号の記載も亦何れの候補を指したものであるか、確認は不可能であるのに原審は「シノヘ」の誤記であるとしているが、しかし同第五十七号中央の文字はたしかに「ハ」であつてこれを「ノ」の誤記と認めること及び同第三十六号の最下の「ク」を「ヘ」の誤記と認めることは失当であり、なお且つ右は何れも型紙の使用によるものと認められるから、これを有効投票としたのは不当である。
(30) 甲十五、三十五、四十一、四十六号につき原審はいずれもその字形から見て「シノヘ」又は「四戸」に読み得られないことはないと判示している。しかしながらそんなあやふやなものは、公職選挙法第六十八条第一項第七号「確認し難いもの」に該当し無効である。仮にそうでなくとも甲第十五号の記載は「ミノハ」であつて、これを「シノヘ」と読む余地は絶対にない。そして候補中に三浦道雄、山田喜八郎があるから、「ミ」は三浦候補の氏及び名の頭字に当り、「ノ」は四戸候補の氏の末尾に「ハ」は山田喜八郎候補の名の中の一字に、それぞれ該当するので「ミノハ」という記載により候補の何人かを確認することは絶対に不可能である。原審の認定はまことに牽強附会といわざるを得ない。なおこの票も型紙を使用したものである。
(31) 甲第三十五号の上の一字であるが、これは原審認定のように「シ」と読むべきか、それとも「ツ」と読むべきかは問題である。要するに「ツ」と見れば見えるし「シ」と見れば又そのように見えないこともないけれども、しかしその態様筆勢等から判断すれば「ツ」と読む方により多くの妥当性があるように考えられるが、然しこの程度のものは結局何れとも確認し難きものとするのが一番合理的と考えられる。仮に「シ」と読むべきものとしても、型紙を使用したものと認められるから、原審がこれを有効票としたのは違法である。
(32) 甲第四十一号、この投票の記載中文字の形をしていて読み得るのは下の「ノハ」の二字だけで、その上に記載された点又は短い線のように見える全部を合せて文字と見ることは絶対不能であるがこれを分けると、中央上部の「ニ」だけが文字と認められないこともない。けれどもこれを下の二字と合せて「ニノハ」としてみたところで、候補者の何人を指すものとも認められず、且つ型紙を使用したものと認められるから、無効の投票である。従つて原審の認定の不当なことが明らかである。
(33) 甲第四十六号、これに記載された二字の中下の一字は「戸」であるけれども、上の記載は文字ではない。それ故幾ら考えても何とも読めない。従つてこの票を四戸徳蔵の有効と認めた原審の判定は絶対肯認することができない。
なおこの投票の記載も亦型紙が使われたことがその形態筆勢等により直感される。原審の認定の違法なことは明らかである。
(34) 甲第二十五、五十八、六十号には各「スノセ」第六十二号には「スノセ」の記載があるし、甲第五十六号には「シノセ」甲第五十九号には「四ノ七」の各記載があるのを原審は右甲第六十二号の「スノセ」及び第五十九号の「四ノ七」の「七」は「セ」の誤字であり、而して右各号の「スノセ」又は「シノセ」は何れも発音の訛による誤記「シノヘ」を表わすものと認められる旨判示している、けれども原判決がその「シノセ」を「スノセ」又は「シノセ」と誤記させた原因事実、即ち「ス」を「シ」、「シ」を「ス」、「ヘ」を「セ」と発音する各訛が存在する事実を何によつて認めたのか、説示していないのは判決の理由に不備がある、仮に然らずとするも右原審の認定は全部失当であり、且つ右各票の記載では、候補者の何人を指したのか確認し難いから、右第二十五号以下の六票は無効である。
(35) 甲第六十一号の「シノチ」及び甲第三十三号の「戸のヘ」これを原審は「シノヘ」又は「四のヘ」の誤記と見ているけれども妥当でない。従つてこれにより四戸候補を選挙したと確認し難いから、無効投票とすべきであるのに有効とした原判決は違法である。
(36) 甲第三十四号の記載「四」の一字、これが四戸候補の氏の頭字に該当し他に「四」の字の附く候補がないのでこれは四戸候補に対する投票ではあるまいかとの迷いは生ずるけれども、到底公職選挙法の要請する確認という程度には達しない。従つてこれを四戸候補の有効得票とした原判決は不当である。((26)に記載の判例参照)
以上のとおり四戸徳蔵の得票中に候補者の氏名以外の他事を記入し又は候補者の何人を記入したかを確認し難いがための無効投票の合計六十一票が存在するから、これを原審が認定した同人の得票四千六百四票から差引けば、同人の得票は原審が認定した上告人の得票四千五百九十二票に対し四千五百四十三票となる、従つて原判決は四戸徳蔵の当選はこれを無効としなければならないにも拘らず、公職選挙法第六十八条に違反して右無効投票を有効として原告(上告人)の請求を棄却した違法並びに理由齟齬、同不備の違法があるから原判決は破毀されるべきものと信ずる。
第三点 原判決には公職選挙法第六十七条、第六十八条、第四十六条の解釈を誤つた違法と判決の理由に齟齬又は不備がある。
公職選挙法第四十六条は選挙人は投票所において、投票用紙に自ら当該選挙の公職の候補者一人氏名を記載して、これを投票箱に入れなければならない。と規定し、第六十八条は左の投票は無効とする。一、正規の用紙を用いないもの(中略)五、公職の候補者の氏名の外他事を記載したもの、但し職業、身分、住所又は敬称の類を記入したものはこの限りでない、六、公職の候補者の氏名を自書しないもの、七、公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いものとそれぞれ極めて、嚴格に規定し、選挙人に対し投票用紙の記載要式を要請した上、更に投票の効力の判定方法につき、第六十七条に投票の効力に開票立会人の意見を聴き、開票管理者が決定しなければならない。その決定に当つては第六十八条(無効投票)の規定に反しない限りにおいて、その投票した選挙人の意思が明白であればその投票を有効とするようにしなければならない。と規定している。そして右第六十七条の規定は従来の各種選挙法には存在しなかつた新しい規定であることは、特に留意すべきである。
即ち従来の衆議院議員選挙法(第五十一条)府県制(第二十七条)地方自治法(第四十四条)等は皆「投票の効力は開票立会人の意見を聴き、開票管理者これを決定すべし」と規定するのみであつたのに公職選挙法は、右の通り「無効投票規定に反しない限りに於て、その投票した選挙人の意思が明白であればその投票を有効とするようにしなければならない。」と新規の明文を附加したのである。一見これは当然のことで恰も蛇足のよのに考えられるけれども、しかしこれには深い意義がある。旧選挙法の明文には厳然と、投票するには候補者の氏名の併記を而も明確に記載すべきことを要請しているにも拘らず、終戦後に見られる民主々義のはきちがえと同様に選挙権の保護、投票人の意思尊重の行き過ぎから、要するに投票は何人を選挙するかの選挙人の意思表示の手段に過ぎないのだから、苟くも投票用紙の記載により兎に角誰を選挙しようとしたものであるかが判断出来さえすれば、それ十分であるから敢て法文通りに氏名を併記する必要はないという法治国でありながら法を無視した而も、所有権とか賃借権の如き私権の行使とは違い直ちに国の政治、国民の利害消長に重大な影響を及ぼす公的権利の行使乃至公的義務の履行たる投票方法に関し、極めて軽率安易な解釈が採られたがために投票記載の趣旨解釈上、疑問百出紛争を惹き起すことが甚だしげく、ために選挙の公明を阻害するので各種の旧選挙法を廃止して公職選挙法一本に纏める際、新憲法の根本理念にそい選挙権の保護育成を全うしつつ、而も選挙の公明適正を期するために前敍の如く、選挙法規の明文を無視して規定の要式に違反せしめないようにとの深い念慮から、公職選挙法には投票は投票人の投票意思を尊重して、その意思が明瞭に表現されたものは決してこれを無効としてはならないことを命ずると共に、他面その意思表示が明確でないもの、詳言すれば記載が曖昧又は難解で果して何れの候補者を指すものか判定が容易でないもの及び仮令候補者の氏名が明確に記載されて居つても、その他に候補者の職業、身分、住所、敬称の類以外の他事が記載されたものは、一切有効として取扱つてはならない旨を厳重に戒めたものである。
勿論旧法時代には普選になつても、文字の書けない文盲者は選挙権を行使するに由なかつたし、又若し書損じその他で投票用紙を汚損してもそのまま投票するより他に方法もなく、殊に国民中選挙法を知らない者が多かつたので、選挙権の保護育成上裁判所も亦法律の明文に拘泥せず、投票人の意思を生かすために仮令投票の記載が多少法定の要式に外れて不定であつても、有効にするように緩解するという判例を確定され、その見解は右立法者の不用意による法の欠陷を補足する機宜の名判決であつたけれども、その後公職選挙法の立法者はその点に心付いて、文盲者には代筆の制度(公職選挙法第四十八条)を書損等投票用紙の汚損についてはその引換(同施行令第三十六条)制度を設けて無筆者も敢て型紙を使つたり投票せんがためにのみ八十の手習をする必要がなく、又書損じ等で投票用紙を汚損したものもその投票用紙を用いて投票する必要がないようにし、特に投票の方法等を選挙人に周知させるために選挙管理委員会に常にあらゆる適切な措置を講じさせる(同法第六条)ことにしたのであるから、もはや現在に於ては判例のような見解を採らなくとも投票人の意思は十分尊重保護されることになつたし、特に敍上の通りあらゆる手を尽して親切に投票の方法を教え、且つその自由と機会が与えられているのにも拘らず、なお且つ不完全で判断に困難を感ずる様な記載をするものは、真面目に投票する意思のないものと認定しても決して不当ではないのであるから、判例は公職選挙法の施行を機会に従来の態度をも改められて、苟くも真面目に選挙権を行使しようとする者は投票用紙に候補者氏名を明確に併記し、なお候補者の職業、住所等特別に許された事柄以外は如何なる意味に於ても、一切他事を記載してはならいなというのが、新らしい公職選挙法の要請である旨を宣示され、国の根本法たる新憲法に直属する重要な公職選挙法の明文を尊重遵守すべき旨を、選挙人に示唆されるべきであると考える。若しそうなれば総ての選挙が公職選挙法第一条の庶幾する通り、憲法の精神に則り公明適正に行われて当選を争う訴訟は半減し、延いて国民の遵法精神は昂揚せられるであろうが、若し然らずして旧選挙法時代の判例を維持されるに於ては、前敍の如き公職選挙法制定者の折角の周到な配慮とそれによる右新規定も無視没却されるのみならず、国民の間に法を蔑視する悪風潮を馴致助長する虞がある。
抑も公職選挙法の立法者が判例を知らぬ訳はないのに投票の記載については、依然旧選挙法の明文を踏襲し、そして特に第六十七条に第六十八条の無効規定に反しない限りに於て、その投票した選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効とするようにしなければならない旨規定して、投票の効力判定につき厳格な条件を附加したのは、若し投票の記載を無視又は軽視して、投票の効力を決定するのにその衝に当る者の主観を偏重することとすれば、人の主観はその思想により、境遇により、又その時々により相違するのが常であるから、人毎に投票記載の趣旨の解釈を異にし、投票の効力が安定せず、選挙の公正を期し難いからである。それ故選挙法は投票の記載に要式主義を採り、何人が見ても投票人の意思がどの候補者を選挙する意思であるかが一点の疑義をさしはさむ余地のない程、明確且つ容易に判断ができる程度のものを要求しているのである。
これは第六十八条第一項第七号に「候補者の何人かを記載したかを確認し難いもの」と規定し、確認出来ないものとは規定していないことによつて明らかである。
換言すれば公職選挙法は他の材料を引用したり、鑑定したり推理や臆測を用いなければ、投票人の意思が判断し難いようなものは無効とする趣旨と解しなければならない。それ故原審のように「四」の字一字又は「トク」の二字の如きもなお他の候補者中に「四」及び「トク」のつく氏名の者がないから「四戸徳蔵」を指したものであろう等というが如き推測や推断、仮定等迄も用いて有効無効を決定するのは、公職選挙法の明定した限界を逸脱するものである。
判例に使用されている文句はいろいろであるが、要するにその思想は投票は選挙人の意思表現の手段であるから、投票用紙の記載によつて、選挙人の意思がいかなる候補者に投票したかを判断し得る以上投票人の意思を尊重し有効とすべきものであるという見解である。しかしながらこれは過ぎたるは及ばざるが如しで投票人の意思を尊重するに余りに急で却つて、その反面選挙の公正を害し角をためて牛を殺すに類するものである。余り極端な例かも知れないが、若しこの理論を押し進めて行けば似顔絵が上手な選挙人は下手な文字で投票するよりも、自分の目指す候補者そつくりの似顔を書いて投票した方がよいであろう。特に候補者中に類似の姓名がある場合には最も好都合である。果して判例の論理が正しければ、斯かる投票も無効とすることはできないという結論に達するのではあるまいか。すべての物事は目的を達すに種々異つた方法手段があり、そして目的のために手段を択ぶ必要のない事柄もあるにはある。しかしながら物により事により又時と所によつて、一定の手段方法によることを要請され他の手段の使用を許されないことが多く、投票もその一つである。如何に目的の候補者を明示するに好都合でも恐らく、判例と雖も似顔絵を書いた投票もなお有効とはいわれないであろう。それは目的にそわないからではなく、その手段が法律の規定に反するからであろうと考えるが、しかし氏名を併記せよとあるのに氏又は名のみでもよい。問題つた文字でもよい。目指す候補者が判りさえすれば、それでよいというならは、半端な記載や誤字や当字を書いて投票するのも、似顔絵を書いて投票するのも法文所定の要式違反の点は五十歩百歩で大差はなく、而もその合目的という点に於ては本件投票のような不明瞭な文字の記載よりも数倍まさつておる。例えば清水昆が吉田首相の似顔を書いたような、上手な似顔による投票の方がより効果的であるのにこれを無効とすることは論理に矛盾を生ずるにも拘らず、なおこれを無効と断じなければならない所以は、目的にかなつてもその手段が間違つているからである。斯様に考えてみると公職選挙法が投票に明確な氏名の併記を要式とし、且つ氏名以外有意無意に拘らず他事の記載を許さない趣旨であり、その要式の厳守を要請しておることが一層明らかである。
原判決を見ると、論旨第二点に記載した本件係争投票を有効であると判断した理由を「四戸候補者を記載したことが明確であるから」と判示しているのは只の一票もなく他の材料を引いたり、仮定的の推理や臆測をほしいままにし、種々苦心した結果やつと結論を出したものであることが、その判決の理由説示自体によつて明らかであるから、右投票が全部、公職選挙法第六十八条第一項第七号の「候補者の何人を記載したかを確認し難いものに該当し、同条により無効とすべきものであることを原判決理由自体が明証説示していることが明々白々である。而もその結論が何等確信によるものではなく、まあこう判断するより他に致し方がない、どうもこういう字を書くつもりであつたであろう、まあこれはこう解釈した方が投票人の意思に当らずとも遠からずであろう、疑わしいものは有効に解釈しなければ判例に違反するというような態度で審理判断されたものであることは、原判決理由一の(ホ)(チ)に「甲第十五、三十五、四十一、四十六号はいずれもその字形からみて「ソヘ」又は「四戸」と読み得られないことはない」という判示が如実に原審の審理態度と結論の不確実性を明証して、なお余りあるものと信ずる。
再言すれば論旨第二に掲記した、合計六十一票は同所論の通り何れも無効であることはいうまでもないが、就中甲第三、九、十、十一、十五、二十二、二十五、三十三、三十四、三十六、四十一、四十六、五十五、五十六、五十七、五十八、五十九、六十一、六十二、六十六、の各号の投票は決して何等の臆測、推理、推断を用いないで四戸徳蔵と記載したものであるとたやすく判定し得る程度のものではなく、而もその臆測や推理や推断により結論が得られるとしても、その結論は決して確定不動のものではなく、見る人毎に相違する浮動的のものであることは断言に躊躇を要しない。
公職選挙法の要請する投票は断じてこのようなあやふやな記載でないことは、前敍同法制定の沿革とその明文特にその第一条が日本国憲法の精神に則り選挙が公明、且つ適正に行われることを庶幾していることに徴し極めて明らかであつて、投票の記載の意味の解釈に紛議争訟の百出の余地を与えるような意見を採ることは決して選挙の公明を期するものではない。
而して論旨第二点記載の投票は全部公職選挙法第四十六条の要式にそわず、而も第六十八条第一項第七号の所謂「候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」に該当することは、既に述べたように原判決の理由自体が説示しながらなお且つこれを有効としたのは、判決の理由に齟齬又は不備があると同時に、公職選挙法第四十六条、第六十七条、第六十八条の解釈を誤つたか、全然これを無視したかの違法あるを免れないから、原判決を破毀を要するものと信ずる。 以上